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介護保険よもやま話

ブログ

第38話

2026-08-11
注目チェックNEW
中山間地の介護の現実
岩手山を背景にした八幡平市の訪問介護のイメージ図(chatGPTで作成)
日本百名山の岩手山を抱える岩手県八幡平(はちまんたい)市。四季を通じての観光地としても名高い中山間地で、人口は急速に減って約22,000人。介護サービスの確保が著しく困難な地域に出される「特別地域加算」を受けています。今回の介護保険法改正で職員配置基準を緩和したり、保険給付でなく自治体の事業として行える新制度の適用となる「特定地域」となる可能性が高い地域です。ここで小規模多機能型居宅介護や認知症対応型グループホームなどの事業を運営するNPO法人里・つむぎ八幡平の髙橋和人理事長に、地元の介護サービス状況などを聞いてみました。

  「在宅医もいなければ、訪問看護事業所もない。職員確保が難しい訪問介護は細々と数か所あるだけで需要に対応できておらず、リハビリテーションは近隣の他市町村に依頼という現状です」。以前あった訪問看護は、現在は病院内の医療保険による訪問看護に特化しているそうです。「サービスを受けられない人は、主にデイサービスと時々のショートステイを利用しながら、要介護度が上がれば高額な費用を支払って近隣市町村の住宅型有料老人ホームに入所。そこで数年間生活をしながら市内の特養への入所を待っている。これが一番多いパターンです」と髙橋さんは言います。
  改正法で新設された「特定地域」では、人員配置基準の緩和などができることになります。髙橋さんはこれを「本末転倒で地域の死を意味する」と指摘します。「従来より少ない人数でケアを行って構わないとすればどうなるか。地方では人が足りず、未経験や経験の浅い職員も多い中で、ケアの質は落ちるでしょうし、事故のリスクも高まります。利用者や家族にその点をどう説明するのでしょうか。職員のストレスは増え、離職する悪循環にはまっていく気がします」。

  介護保険法第一条には「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う」と介護保険の目的が書いてあります。「この理念の継承を都市部のケアに注力し、中山間地は法人の事業継続を第一に考えよと言われている気がします。中山間地に対する静かな『死』を求めるものではないでしょうか」。  髙橋さんの施設で歩いていた利用者は、特養に入ればほぼ車いすとなり、やがて寝たきりに。「ここ2年で10人以上の利用者が特養に入りましたが、入所の際には『車いすになります』と言われた利用者もいました。地域の介護力を減退させ寝たきり老人を増やす。職員配置の緩和は法人経営のためであって、利用者と職員には何のメリットもないと思います」

  介護報酬が低い中山間地と都市部の格差は大きく、格差を埋める報酬引き上げは不可欠でしょう。髙橋さんの施設では雇った外国人(技能実習生)がわずか2年で首都圏の大規模法人に移籍してしまったと言います。「待遇と環境の差はどうにも埋められなかった」と嘆きます。
  「首長が興味を示さなければ何も動かない。意識の差で福祉政策は大きく変わる」と髙橋さん。「首長に対する福祉教育や死生観教育が必要だと思います」。

第37話

2026-08-01
注目重要
懸念噴出の介護保険部会
「特定地域」となるとみられる「特別地域加算」を受けている地域は、既に全国に広がっている。介護保険給付を受けられなくなる可能性がある地域は既にこれだけ存在する(厚生労働省の資料から、chatGPTで作成)

 「自治体の圏域内に介護支援専門員(ケアマネ)が1人もいない。いても、要支援の人は隣接自治体に頼んで(ケアプランを)持ってもらっていた。でも、その隣接自治体ですらも人手がなくなって、『要支援のプランを持てない』と返されてしまっているという自治体がある。自治体の圏域内のヘルパーの平均年齢が70歳を過ぎているなど、10年後にはどうなるのだという自治体も存在しております」

 6月29日の社会保障審議会介護保険部会。全国市長会の代表として出席した逢坂伸子・大阪府大東市長は、特定地域となる可能性のある自治体の現状をこう説明。「具体的な制度論について検討もされていない現時点におきまして、市町村にとって現実的な選択肢になり得るのか、懸念もある」と指摘しました。


 同日の部会は、中山間地・人口減少地域の介護サービス不足に向けて、今回の介護保険法改正で創設された「特定地域」での新制度に関する議論のスタート。サービス事業者が存在しないか少ない場所で、介護保険給付でなく市町村の事業として訪問介護などを行う新制度「特定地域居宅サービス等事業」を、市町村が実際に選択できるのか疑念の声が続出したのです。

 別の委員は、人口が減る離島で85歳以上の高齢者が増え、認知症の人が非常に多くなっていると指摘。深刻な状況で自治体がどう対処すべきか「実際は途方に暮れている状況」といいます。「仮に特定地域に指定されたとしても、サービスの質を確保したり、(介護)職員の負担を軽減するという問題は解決の糸口が見いだせない」と話しました。


 このコラムの第35話で取り上げた通り、今回の改正法では衆院で27、参院で15もの付帯決議がつきました。同日の部会では付帯決議をきちんと踏まえるよう求める意見が次々と。「特定地域の適用がなし崩し的に拡大することがないような適切な運営を」「付帯決議の趣旨を踏まえながら人材確保や処遇改善と併せ慎重な議論を」「効率化の名のもとに地方都市や一般市へなし崩し的に拡大し、全国の介護サービスの最低基準を押し下げる構造的な危険性を強く懸念します」…。特定地域では人員配置基準を弾力化(緩やかにする)できるとされますが、「今でも介護現場は深刻な人材不足に直面している。そのような中で弾力化されれば、現場の介護従事者の負担増につながることが懸念される」との意見も。介護報酬は上がらず低賃金のまま仕事の負担が増えるのであれば、人材不足はさらに加速する負のスパイラルになるのは明白です。「労働条件が悪化すれば、利用者へのサービスが低下する可能性がある」という委員の声を、きちんと受け止めるべきでしょう。


 「人口が減るから介護ニーズが減るという前提は成り立たない。保険給付から自治体の裁量に委ねる予算事業へと変質させることは、住み慣れた地域での介護を受ける権利そのものを脅かす」(和田誠・認知症の人と家族の会代表理事)。「同じ介護保険制度の中でサービス給付から外れる地域が生まれるということについては、制度そのものが崩れてしまう契機となる」(石田路子・NPO法人高齢社会をよくする女性の会副理事長)。法改正そのものに疑問符を突き付ける意見が審議会では依然あることを、明記しておきたいです。



第36話

2026-07-26
注目オススメ
市町村の過半数に「特定地域」あり!
「特定地域」の対象となる特別地域加算や離島等相当サービスの自治体数の割合。ChatGPTでグラフを作成
 今回の介護保険法改正で問題視されているのは、「特定地域」で介護サービスの人員配置基準を緩和したり、市町村が事業として訪問介護などの居宅介護サービスを実施できる新制度が創設されたことです。市町村が運営する介護保険では、介護事業者が報酬を受け取ってサービスを提供するのが基本ですが、人口減少や介護従事者不足などを背景に、訪問介護などの事業者が存在しない市町村が増えています。「事業者がいないなら、市町村が介護サービスを提供する事業をしてもよい」と打ち出された新制度(特定地域居宅サービス等事業)です。

 介護保険は保険料を支払った対価としてサービスを受給する権利があるとされていますが、市町村の事業ですから、例えば予算が限界に達するなどしたら、サービスを受けられない人が出かねない。介護保険とは似て非なるものなのです。
 では、それが可能になる「特定地域」とはどこなのか。6月29日に開かれた社会保障審議会介護保険部会で、厚生労働省は来年4月の施行に向けて、「特別地域加算や離島等相当サービスの対象地域」を特定地域とする素案を示しました。特別地域加算とは、介護サービス確保が著しく困難な地域でサービスを提供している事業所向けの介護報酬の加算です。人員配置や設備基準などを満たさなくても「一定の質を持つ居宅サービス」を提供している離島なども対象としました。

 厚労省によると、全域もしくは一部地域で特定地域加算を受けているのは894市町村、離島等相当サービスは883市町村。全市町村数数のそれぞれ52%、51%に当たるのです。人口が減り続けるわが国では既に、過半数の市町村で介護が崩壊している場所がある、もしくは崩壊しかかっていると言えるかもしれません。

 素案ではこのほか、介護サービスの需要が高まる75歳以上人口に着目した指標や基準を設定するという案も示されました。75歳以上の人口は2078万人。うち要介護認定を受けている人は640万人(認定率30.8%)です。どんどん進む高齢化については大都市部でも同じ。「特定地域」について厚労省はわざわざ「中山間・人口減少地域」と注意書きを付けていますが、もはや「特定地域」が山間部や離島だけのものではないことは明らかです。

 介護保険部会の意見書では「同一市町村内でもエリアにより高齢者人口の減少の進展は異なるため、市町村内の一部エリアを特定することも可能」としており、一般的に都市のイメージがある自治体でも「特定地域」となる場所が出てくるでしょう。部会の議論の中で「特定地域がなし崩し的に拡大されるのでは」と懸念する声が相次いだのも当然です。介護保険の変質が全国的に広がり、保険制度の存立が危うくなるという懸念に国がどう応えていくのか。法改正後の議論から目が離せません。


第35話

2026-07-18
注目チェック
付帯決議が物語る、改正法の欠陥
衆参両院の付帯決議では「テクノロジーの活用による生産性向上には一定の効果があるが、それが介護職員 に代替するものではない」と明記されている。(ChatGPTで作成)
 数本の法律をまとめて審議する束ね法案の社会福祉法等改正案は6月19日、参院本会議で可決・成立しました。この中には介護保険法も含まれ、中山間地や人口減少地域を念頭に置いた「特定地域」で人員配置基準を緩和したり、市町村が訪問介護などの事業運営を行う仕組みが導入されました。地域によって保険による給付から外されるという、介護保険制度の根幹を崩す大改正です。
 社会保障審議会介護保険部会では、法改正を受けての審議がスタート。前回の「介護保険よもやま話」までは認知症基本法などを取り上げましたが、今回は第31話に続いて法改正について考えたいと思います。

 この法案、衆院での可決時には異例の27項目もの付帯決議が付けられました。参院での可決では15項目ですが、その中には衆院での付帯決議に続いて「(特定地域の)適用がなし崩し的に拡大することのないよう、適切に運用すること」という一節があります。つまり、特定地域をやみくもに拡大するなと言っているのです。衆参両院で同じ指摘が出たのは、「中山間・人口減少地域での制度新設は認めるが、人口減少の世の中で、いつの間にか中山間地以外にまで拡大しないよう適切に運営せよ」と警告したのです。衆参両院ですから「国会の総意」と言ってもよいでしょう。それもそのはず、特定地域では介護保険制度によるサービス提供が行われない可能性があるからです。

  両院の付帯決議ではさらに、「(特定地域の)指定状況、サービス提供状況及び質の評価結果について、国が検証を実施し公表すること。さらに、制度の運用に当たっては、サービスの質及び職員の負担への影響を十分検証すること」と国に求めています。付帯決議に法的拘束力はありませんが、両院での同様な決議を厚生労働省は無視できないはずです。特定地域でどのような介護サービスが提供され、利用者・家族がどのような負担を強いられているのか、国はきちんと調べて公表しなければならないでしょう。 

 職員配置基準の緩和は、ICT(情報通信技術)などを駆使して現行より少ない人数でケアをすることが議論となりました。介護は基本的に人間が行うものであり、テクノロジーで簡単に代替できないという強い批判もあります。両院の付帯決議は「特に、夜勤要件の緩和については、テクノロジーの活用による生産性向上には一定の効果が認められる一方、それが介護職員に代替するものではないことを踏まえ、夜間帯における利用者の安全確保及び職員の負担軽減の観点から、慎重に対応する」と盛り込まれています。「ロボットなどの導入は介護職員の代替ではない」と衆参両院で明記された事実は重いと言うべきでしょう。

  法改正を受けて初めて行われた6月29日の社会保障審議会介護保険部会で、厚生労働省は特定地域の指定基準の素案を示しました。多くの委員が「特定地域のなし崩し的な拡大」に懸念を示しています。法改正後の注文というのは歯がゆいですが、介護保険制度を揺るがす危険な内容だと付帯決議が指摘していると言ってもよいと思います。

第34話

2026-07-05
注目重要
「認知症観」を変える7つの基本理念
「認知症世界の歩き方実践編」の書影
2024年1月に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」には、認知症の人が尊厳を保持し希望を持って暮らすという目的を果たすため、七つの基本理念が定められています。

 ①すべての認知症の人が基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって日常生活や社会生活を営むことができる②国民は認知症の正しい知識や認知症の人への正しい理解を深める③認知症の人が日常生活や社会生活を営む上で障壁となるものを除去し、あらゆる分野の活動に参加する機会を確保する④認知症の人の意向を十分に尊重し、良質かつ適切な保健医療、福祉サービスを切れ目なく提供する⑤認知症の人の家族などへの支援を行う⑥認知症に関する専門的、学際的、総合的な研究を推進する⑦教育、地域づくり、雇用などを含めた各関連分野の総合的な取り組みをする。簡単にまとめるとこうなります。

 その中で、③にある認知症の人への障壁とは何か。これらを分かりやすく解説している書籍に「認知症世界の歩き方」(ライツ社)という本があります。「実践編」(issue+design)も含めシリーズ累計売り上げが20万部超というベストセラーです。著者の筧裕介さんはデザインの専門家。社会課題をデザインの力で解決しようと「ソーシャルデザイン」に取り組んでいる人です。認知症とともによりよく生きるための産学官の活動で行った認知症当事者約100人へのインタビューに参加し、「認知症の世界を旅する」という形で書籍を構成しました。

 書籍の内容を紹介するホームページでは、認知症の人が見ている世界を旅人として動画で追体験できます。例えば、乗り込んでしばらくすると行き先が分からなくなる「ミステリーバス」。美しい渓谷美が深い霧で消えてしまう「ホワイトアウト渓谷」。さまざまな物語には、なぜそういう世界が現出するのか、心身機能の障害について分かりやすい説明もついています。

 さらに実践編では、どんなことが「障壁」となるのか具体的な生活空間のイラストから考え、障壁を取り除く方法などを学ぶコーナーも。例えば、「東京方面」「大阪方面」という案内看板があり、ホームへのエスカレーターが描かれた駅のイラスト。実際によく見る風景ですが、認知症の人には電車に乗るにあたっての重大な障壁が隠れている。「東京方面」のエスカレーターに近い電車到着時刻の電光掲示は大阪行きで、東京行きの電光掲示は大阪方面の登り口近くにある。トイレや案内所の方向を示すデザインが抽象的。エスカレーター乗り口に、エスカレーター床と大きく色合いや濃さが違うマットが置かれているなど。なぜ、これがバリアになるのか、まずは自分で考えるという仕組みです。

 答え合わせでは、東京方面の登り口なのに近接の電光掲示は大阪行きの電車では認知症でなくても混乱してしまいます。また、認知症の人は色調が大きく違う色や模様は穴があるように見えたり、段差に見えたりすることがあって事故につながりかねない、というような事実も学びます。
 基本法は認知症の人も認知症でない人も対等な社会の構成員であると宣言しています。あちこちに隠れている障壁の実態を知るのは、価値のあることだと思います。



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