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第27話
2026-05-11
注目チェックNEW
その一言にハッとする
「この条例は、認知症に関する発想を全ての市民の幸福と共生を目指す未来志向に転換し、認知症とともにより良く生きていくために、認知症の人、市民、事業者及び関係機関の役割並びに市の責務を定め、認知症の人の声及び視点を重視した取組を推進することにより、誰もが生き生きと活躍でき、希望を持って自分らしく暮らし続けることができるまちを実現することを目的とする」
和歌山県御坊市の「認知症の人とともに築く総活躍のまち条例」の第一条は、条例の目的をこう書いています。市に課せられた責務は「認知症の人の意見を聴くこと」。2019年4月、全国に先駆けて施行されたこの条例は、作成段階から認知症の人に参加を求め、徹底的に声を聴いて作られたことで知られています。
「認知症になってもできることがある。少しでも役に立てることがある。そう思って地域に出る」と、ある認知症の男性は会議で語ったそうです。「認知症の人は何もできない」「認知症になったらおしまいだ」などという世間の意識に対する強烈な異議申し立て。全国各地の自治体が条例制定で追随し、国も認知症基本条例を定めるに至る原動力となったのは、「認知症本人の声」なのです。
その御坊市が昨年、「本人の声に耳を傾けてみようプロジェクト」を始めました。介護事業者や医療機関で出た何気ない一言を集め、本人の胸の内を考えるプロジェクトです。
「何もする事ないのもつらいなぁ、あり過ぎるんもつらいけど。人間は難しいよ」
これは、グループホームで暮らす80代女性が職員の前で漏らした一言。職員は、この女性に腰痛があるためお手伝いを頼むことを減らしていたのですが、「負担が少ないことを探してお願いをしなければ」と思ったといいます。
「挑戦したいんや!」
生活習慣について聞いたケアマネジャーに対して、自宅で暮らす70代男性は歩行が不安定なため家族などに散歩を止められていましたが、ケアマネは自分のしたいことをはっきり口にした男性に心が動いたそうです。
「頭はパーやけど、みんな声をかけてくれる」(家族と暮らす90代女性)、「私、もうちょっとひとり暮らし頑張れるよね?」(一人暮らしの90代女性)。集まった多くの本音には、認知症の人へのかかわり方、ケアのヒントが満載です。
小さな事かもしれませんが、御坊市では認知症の人の声を受けて社会が少し、動きました。市によると、銭湯に通う認知症の人が備え付けのシャンプーとリンスのボトルについて、「どっちがシャンプーか分からへん」と話したのがきっかけだそうです。銭湯の事業者はこれを受けて、ボトルに「あたま」「からだ」と油性ペンで書き入れました。小さな子どもたちも、親に聞かないで一人で体を洗えるようになったことでしょう。
保護や支援の対象でしかない、という発想から、一緒になってすべての人に優しい街づくりを、という動き。各地の自治体で条例制定や認知症に優しい街づくりの施策が始まっています。わが埼玉県新座市でも、そんな動きが出ているようですが、まずは認知症本人の人たちの声を聴くところから始めていただきたい。
第26話
2026-05-04
注目オススメ
「痴呆」から「認知症」へ
今ではすっかり定着した「認知症」という言葉。かつては「呆(ぼ)け老人」「痴呆」という表現が使われていました。これが公に「認知症」に変わったのは、2005年のこと。介護保険がスタートして5年後のことでした。
認知症の人の介護は、高齢者の福祉に関する制度・法整備がなされる以前からの隠れた課題。社会問題として表に出ることはほとんどなく、行政・政治的なサポートは皆無に等しく、嫁や娘など女性を中心とした家族が試行錯誤を繰り返しながら懸命の介護を続ける時代が続いたのです。1972年に有吉佐和子さんがベストセラーの長編小説「恍惚の人」を出し、認知症介護が注目を浴びました。1980年、介護家族を中心に「呆け老人をかかえる家族の会」が発足し、介護の実態が少しずつ世の中に発信されるように。急速な高齢化を背景に、ホームヘルプサービスや特別養護老人ホームなど在宅介護・施設介護の10年間の整備計画(ゴールドプラン)を政府が初めてまとめるまでに、それから約10年、1989年まで待たねばなりませんでした。
介護保険導入を提唱した1996年の老人福祉審議会報告は、「痴呆性老人については、その状態に応じてデイサービス、デイケア、グループホームなど在宅での支援を基本としたサービス提供を積極的に行っていくことが重要である」と記述。介護保険サービスに認知症ケアのメニューを用意し、国として取り組む姿勢が明確になりました。だが、国民の間にある「認知症は何も分からない、できない人」「なったらおしまいだ」というような偏見や誤解はなかなか解消されないのが実態です。
偏見や誤解を正すには「痴呆という言葉を変えなければだめだ」として、厚労省は2004年6月、専門家による検討委員会を設けました。同年末に出た報告によると、検討委は「痴呆」という言葉の来歴から調べ、その侮蔑的な名称が誤ったイメージを広げ、早期発見・早期診断の障害になっていると指摘。新たな名称を国民から募ったうえで、「認知症」という言葉を選定しました。この報告書の秀逸なところは、末尾で「『認知症』になっても、その人らしく、安心して暮らし続けられる社会が一日も早く実現することを願って」と明記しているところ。この一文こそが、その後、一部の自治体が先駆けて制定した認知症に関する条例や、議員立法による認知症基本法につながっていったと思います。
「呆け老人をかかえる家族の会」は2006年6月、現在の「認知症の人と家族の会」に名称を変更。同年には介護保険法にも「認知症」が使われるようになりました。
厚生労働省が推計している2040年の認知症高齢者は584.2万人、高齢者の14.9%に当たります。その前段の軽度認知障害(MCI)は612.8万人、15.6%で、3人に1人が認知機能に課題を抱えることに。「誰もが認知症になりえる」という意識を持ち、安心して自立した日常生活・社会生活を送れる認知症バリアフリーや社会参加の機会確保などを進めると政府は言っていますが、肝心の介護保険サービスは、認知症の人も多い要介護1、2の給付を削る方向にまっしぐら。これでよいのかと不安になります。
第25話
2026-04-25
チェック重要
「老計10号」の変身
2018年春、訪問介護の内容を厳格に規定している厚生労働省の通知「老計10号」が改正されました。従来は、利用者の体に触れる介護が身体介護、そうではない食事や洗濯などの家事支援が生活援助というイメージでしたが、「自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助」で、家事などを利用者と共に行う「身体介護」が詳述されたのです。
狙いは、介護保険法第1条にある「有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」という介護保険の目的に沿ったサービスを提供することでしょう。身体介護の定義の一つを「利用者と共に行う自立支援・重度化防止のためのサービス」とし、「自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助」の欄に9項目を新設しました。
例えば、「認知症等の高齢者が行うリハビリパンツやパット交換を見守り・声かけを行うことにより、一人で出来るだけ交換し後始末が出来るように支援する」「本人が自ら適切な服薬ができるよう、服薬時において、直接介助は行わずに、そばで見守り、服薬を促す」など。掃除や整理整頓、ごみ出し、冷蔵庫の中の整理、洗濯物を干す・たたむ、ベッドのシーツや布団カバーの交換、衣類の整理、調理や配膳、後片付けなどを利用者と一緒に、声掛けや見守りをしながら行う介助などが挙げられています。従来、生活援助に仕分けられていた介助が「利用者と一緒に行う」ことで身体介護に分類されたのです。いつでも介助できる態勢で行う「見守り的援助」は、7項目から一気に16項目に増えました。
東京都中野区の「介護サービス事業所連絡会訪問介護部会」の2018年のアンケートでは、老計10号改正を受けてサービス区分を変更した事例が約2割ありました。デイサービスに行く以外は自宅でぼんやりテレビを見て過ごすことが多い認知症の利用者のケースでは、声かけをして一緒に冷蔵庫の中身を見て献立を決めたり、洗濯ものをたたむ「見守り的援助」をして、それまでの「生活3(45分以上の生活援助)」から「身体1生活2(身体介護30分程度+生活援助50分前後)」に変更したそうです。
これまでのコラムで、「生活援助は利用を制限され、単価も低く抑えられてきた」と介護保険の歴史をご紹介してきました。生活援助中心型のサービスをケアプランに位置付ける回数が制限される中で、これまで生活援助だったケアが身体介護に移ることで、生活援助はますます減っていくという側面があります。一方で見守り的援助とすることで生活援助から身体介護に移行させれば、より高い単価を請求することができます。事業所運営にはプラスですが、生活が苦しい利用者にとっては無視できない「値上げ」になるわけで、影響は少なくありません。
現場では、「どこまでが見守り的援助として身体介護となるか」「一緒に行う掃除・調理をどの程度まで認めるのか」などの判断が地域や事業所で異なり、介護関係者や利用者・家族に混乱が起きているようです。同じような介助でも地域によって「値段」が異なる結果となっては、不公平感を生みかねません。丁寧な説明が不可欠と思われます。
第24話
2026-04-18
オススメ重要
散歩介助は不適切?
閉じこもりがちになる心身の状況が落ちた高齢者にとって、散歩に出ることは介護予防にもつながります。東京都江戸川区で介護保険前からヘルパーをしていた櫻井和代さんは著書の中で、「リハビリだけでなく気分転換、脳刺激にもなりQOL(生活の質)向上には欠かせない。廃用性症候群を防止したいならまず、散歩を推奨すべき」と言います。
ところが介護保険では、自治体(保険者)によって給付対象とするかはまちまちでした。「自立支援の見守り介助ならば身体介護で可能」「散歩がリハビリというなら、訪問リハビリで対応すべき」などなど、ケアマネジャーや利用者・家族はローカルルールに振り回されることになりました。
こうした中、2008年に参議院に質問主意書が出ました。これは国会議員の質問に政府が見解を述べるという制度ですが、「訪問介護員による『散歩』の支援が認められていない現状について、具体的な見解を」と大河原雅子さんが質問したのです。
答弁は「適切なケアマネジメントに基づき、自立支援、日常生活活動の向上の観点から、安全を確保しつつ常時介助できる状態で行うものについては、利用者の自立した生活の支援に資するものと考えられることから、現行制度においても介護報酬の算定は可能」。さらに厚労省は2009年に通知を出します。前回第23話で取り上げた「老計10 号」にある「自立生活支援のための見守り的援助」に、散歩介助が該当すると指摘。「保険者が個々の利用者の状況等に応じ必要と認める場合において、訪問介護費の支給対象となりうる」としました。
「ケアプランに必要性や実施方法等について具体的に記録すること」「気分転換・気晴らしを目的とした散歩については、保険給付の対象とならない」「適切なアセスメントが行われていない場合や記録の不備があれば介護報酬の返還を求める場合がある」などと条件を付ける自治体も目立ちますが、適切なケアマネジメントに基づき、保険者(自治体)が個別具体的な判断により必要と認めるのであれば、散歩介助は給付対象ということになりました。
確かに介護保険は自治体の創意工夫が生かせる地方分権の趣旨を踏まえた制度設計ですが、地域によって散歩介助がOKかどうか違うのでは、全国で均一的なサービスが届けられるべき社会保険とは言えません。
自治体(保険者)のローカルルールは、制度を運用する区市町村によって法令や国の通知の解釈などが異なるために起きます。全国的に同一であるはずの人員配置基準なども含め、さまざまな場面で問題になっています。「同居家族がいるから生活援助を受けられません」と言われることはよくありますが、「同居」という言葉の判断一つとっても、同じ敷地内に家族が住んでいると「同居である」とされたり、週末だけ手伝いに来る家族が同居扱いとなるなど、自治体が独自に判断しているという実情があります。介護保険が使いにくいのは、こうした背景もあるのです。
自治体(保険者)のローカルルールは、制度を運用する区市町村によって法令や国の通知の解釈などが異なるために起きます。全国的に同一であるはずの人員配置基準なども含め、さまざまな場面で問題になっています。「同居家族がいるから生活援助を受けられません」と言われることはよくありますが、「同居」という言葉の判断一つとっても、同じ敷地内に家族が住んでいると「同居である」とされたり、週末だけ手伝いに来る家族が同居扱いとなるなど、自治体が独自に判断しているという実情があります。介護保険が使いにくいのは、こうした背景もあるのです。
第23話
2026-04-11
注目オススメ
不適切な?「不適切事例」
介護保険制度がスタートした2000年。3月と11月に当時の厚生省が通知を出しました。中身は、訪問介護でヘルパーが行える具体的な生活援助について。ヘルパーが介護保険サービスとしてできない行為も例示しました。これらは通称「不適切事例」と呼ばれ、現在も訪問介護を縛り付けています。
3月の通知の名称は老計第10号(訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等について)で、「ろうけい10ごう」と読みます。訪問介護の関係者なら誰でも知っている有名な(悪名高い?)通知です。「老」「計」は厚生省の部局名で、役所が民間に周知する、守らせるように一方的に出す通知の発信元を示しています。
「不適切事例」とは何か。老計10号は「直接、本人の日常生活の援助に属しないと判断される行為」としています。11月の「老振第76号」ではさらに詳しく例示。「利用者以外のものに係る洗濯、調理、買い物、布団干し」「主として利用者が使用する居室等以外の掃除」などと示しました。加えて「日常生活の援助に該当しない行為」「日常的に行われる家事の範囲を超える行為」を示し、具体的に「草むしり、花木の水やり、犬の散歩等ペットの世話など」「家具・電気器具等の移動、修繕、模様替え」「大掃除、窓のガラス磨き、床のワックスがけ」などを挙げています。
こうした通知の背景には、発足したばかりの介護保険で派遣されたヘルパーを「家政婦代わりに使っている」という批判が審議会などで噴出したことがあります。当時、利用者や家族がヘルパーを便利屋として使うような事例がありました。確かに、家電の修理や洗車など「そりゃ、ダメでしょう」というケースが見られたのです。
一方で、介護保険法にある「有する能力に応じ自立した日常生活を営む」という目的に照らせば、不適切行為の線引きはかなりあいまいになると思います。例えば部屋の窓ふき。筆者は3年ほど前、都内の大学の学生ボランティアに同行したことがあります。都営アパートの高層階に独居で住む80代女性は、ほこりがこびりついた窓ガラスの上部を学生に拭いてもらい、「きれいな青空が見えて元気が出た」と喜びました。背中をかがめて歩行器で歩く女性にとってきれいな窓は念願で、窓ふきで生きる気力がわきあがり、自立支援の一助になったとも言えます。10分程度で済む窓ふきくらいいいのではと思うのですが、保険者に知れると報酬減額などの憂き目に遭いかねない。国は、介護保険の隙間は地域のボランティアが埋めるとしていますが、ボランティアが活動してくれる地域は多くないのが現実です。
また、家族の中で利用者だけの生活援助をするのは当然かもしれませんが、老夫婦の二人暮らしで、要介護認定を受けた人だけの食器や洗濯物だけを分離して洗うのは大変な手間です。家政婦扱いは論外としても、「あれもダメ、これもダメ」という介護保険は、生活を支えてほしい利用者にとっては当初から使えない、役に立たないという側面があったと言えるでしょう。













